結局、そんなに下痢はひどくならずにすんだものの、
今日の目覚めは、まさかの腹痛。
文字通り、朝イチでトイレに駆け込み、お目覚めとなりました。
そして引き続き、私の顔はおてもやん・・・
ひりひりしてる(涙)
ところで、このブログを「にほんブログ村」の
「乳がん」に登録してからというもの、
11/14の「なぜ乳がんがみつかったかというと・・・」
のページのアクセスがものすごい勢いで伸びている。
乳がんと告知されたり、
乳がんかもしれないと不安になって、
このにほんブログ村にたどり着いた人たちが
見てくれているのかもしれない。
私もそうだった。
乳がん告知までの約1ヶ月、
とにかく、闇雲にインターネットを検索していた。
急速に「死」という言葉が現実になってきて。
片や普通に仕事もしなくてはいけない現実との狭間で
不安と恐怖に押し潰されそうで、本当に苦しい一ヶ月だった。
しかし、
そ~んな割には、
乳がん告知までがえらいあっさりした記述になってるやん!!
これからしばらくは、私の場合を書いてみようと思う。
私の場合は今年の8月に、自分でしこりを見つけた。
仕事が一段落した時、何気に胸を触ったら「そいつ」はそこにあった。
人間ドックで過去、ずっと石灰化でひっかかっていたので、
割とチェックはしていた方。
しかも、その年の3月には人間ドックで何もなかったので
安心しきっていたのは確か。
人間ドックの先生からは
「触って分からなかったら、しこりはないです。
ある時は明らかに分かりますからね~」
と言われていた。
それが今回は、明らかに!!分かったのだから。
さすがに、この時の焦りと言ったら!!
そしてすぐさま、会社近くの評判の良いらしい
クリニックに半分べそかきながら予約を入れて
マンモと超音波の検査をしてもらったわけです。
乳腺が発達しているらしくマンモ上では何も分からなかった。
でも超音波で黒い影があった。
ポーカーフェイスを装いつつも、垣間見える先生の渋い表情。
「周りががたがたしてるんですよ」
聞けば、悪性腫瘍って周りががたがたしてるって言うではないか!
「細胞をとって調べてみましょう」と
その場でおっぱいに注射を刺されて検査結果を待つことに。
「可能性は否定できないな~」
今思えばこの一言が、
私にとっての乳がん告知だったかも。
「お母さん、私、乳がんかもって・・・死ぬかも~~!!!!!」
梅田の人混みの中をわんわん泣きながら歩いてた。
折りしもその日は、肺がんで亡くなった知り合いのお通夜の日。
精神的にとても行ける状態ではなかったけど、
なぜか「頼まれたこのたくさんのお香典を
なんとしてでも持っていかなくては」と
よく分からない使命感で行き、
その一日は今でも忘れられない一日となった。
お盆をはさんだので、約2週間後に出た細胞診の結果は
これまた訳の分からない「疑い」(カテゴリー3)。
でも先生の診たては、多分「クロ」だった。
もう少し検査をした方がいいと、
大きな病院を紹介してもらうことになった。
続きはまた。
To be continued・・・